生ハムを避けることが妊婦のトキソプラズマ症予防となるのか?
妊婦は生ハムを食べるべきではないという意見をちらほら見かけます。ざっと調べてみましたが,結論としては適切に製造・流通されている名のある生ハムなら,大丈夫ではないかと思っています。
トキソプラズマ症は,トキソプラズマという微生物が原因となる病気で,妊婦さんがこれに感染すると胎児に深刻な影響を与えるとのことで,その予防は重要です。各地の保健所などの情報を見ると,トキソプラズマ症の感染予防には,生肉は必ず十分加熱することという予防方法がたいてい掲載されています。加えて,ネット上では生ハムも避けるべきという意見をよく目にします。加熱していない生肉や,十分加熱されていない生焼けの肉が危険というメッセージが独り歩きして,「生」がついている生ハムまで避けるべき,あるいは加熱されていないのだから生ハムは危険という意見につながっているようです。
ところで,イタリア料理などで出てくる生ハムは生肉なのでしょうか。生ハムは「生」という名がつくくらいですので,確かに加熱はしてありませんね。ただ,塩漬け,熟成加工してあり,高塩分,低水分活性という状態になっています。このような状態だと長期保管がきくので,かつて冷蔵技術がなかった頃の遠洋航海などにも使われました。スチーブンソンの「宝島」などで出てきましたね。もちろん,生ハムといってもいろいろな塩分濃度や水分活性状態があるので,少しでも塩漬け・熟成してあればなんでもかでも大丈夫だというわけではありませんが。
生ハムの本場の一つ,イタリアの生ハム関係者であるジュゼッペ・コミ博士は,生ハム由来のトキソプラズマ感染の可能性に関しては,適切に製造・流通されていれば安全という見解を出しています。この見解が掲載されたページには,市販の生ハムを調査した結果などを記した論文が論拠として紹介されています(上記リンク先に論文の書誌情報記載あり)。コミ博士は,肉製品は2ヶ月以上熟成していあれば安全であり,Prosciutto di San Daniele, Prosciutto di Parma, Prosciutto di Veneto Berico Euganeo のようなイタリアの生ハムはいずれも13ヶ月以上熟成してあるから大丈夫だと述べています。
ただ,アメリカでは自家製の生ハムなどが感染源だった例があるという研究報告はみつけました。
残念ながら魚野は学術論文を気軽に入手できる立場にはないので(どこかの大学や研究機関などに常勤で所属していればなんとかなるのですが...),いずれの研究報告も原文にあたることができません。
それ故,市販の生ハムが安全と主張されていること,手製の生ハムが感染源となった例があるということからの推測ですが,おそらくは一定以上の塩分濃度をそなえ,かつ一定の熟成期間を経ている生ハムは,トキソプラズマ症の感染経路とはならず,それを満たさない生ハムはなりうるということではないかと思います。これは,高塩分濃度,低水分活性では多くの微生物は増殖しにくい,あるいは死滅していくという食品衛生の概括的な知識とも合致しています(もちろん,例外はありますが,トキソプラズマがその例外にあたるかどうかは,きちんと文献を調べてみないとわかりません。もし生ハム関係の仕事をいただくなどして調べる機会があれば,あたってみます)。
以上のことを魚野なりに要約すれば,妊婦さんは熟成期間が短いなんちゃって生ハムはやはり避けたほうがいいということです。万一感染した場合の結果が重篤なので。もちろん,リスクをとことん負いたくなければ,名のある生ハムをも避けるということになりましょうか。ですが,信頼出来る作り手・お店のものなら大丈夫じゃないでしょうか(推測まじりですから説得力が弱いですね。こういう研究結果があるなといった紹介や,きっちりした論拠のある反論があれば歓迎します)。
それと,猫がトキソプラズマの宿主となっての感染例が多いとのことなので,猫経由の感染(猫の世話や土・庭いじりで猫の排泄物を知らずにうっかり触ってしまうこと,猫の顔に触れることも含めて)に気をつけるのが,大事そうです。